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<title>「りいのき」　Reborn</title>
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<description>心のままに、思いを綴る。夢咲璃い（ゆめさき　りい）の誠に私的なブログです。</description>
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<pubDate>Sat, 28 Jul 2007 09:16:46 +0900</pubDate>
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<title>愛と希望と夢と</title>
<description>大学時代、国文学科だったわたくしは、沖縄の琉歌の歌人、恩納（おんな）ナビのことを卒論に取り上げました。ナビの資料を追って、沖縄まで４回生になる前の春休みに１０日間行かせてもらったりして。この歌人のことを学んでいる中で、最もわたくしの心を湧き立たせたのは、ナビが「希望の歌人」という評に出逢ったときでした。わたくしは幼い頃からとても神経質で、また、とても大きな不安を抱えているこどもでした。今もそれは変わりなくって…、いえ…（笑）、まぁ、ハイ、神経質なところは随分無くなりましたが（神経質な割には、こどもの頃から、ものすごく大胆というか大雑把な一面も持ち合わせており…（汗））、それでも、今も、結局、自らが持つ、過去世からの影響による、得体の知れないものすごく大きな不安と恐怖と闘っているのでございます。（それだから、きっと、なかなか、「思うように進まない」のだと、今となっては、自らで悟っています）けれど、ナビのことで「希望の歌人」という評に出逢い、心がパーッと明るくなったように、きっと、わたくしは、おそらく、他の誰よりも、自らこそが、ものすごく希望を必要としているのですね。「希望」…、この言葉を知ってから、わたくしはずっと本当にこの言葉が大好きで、ずっとこの言葉を大切に生きてまいりました。３５歳までの間、何度も死にたい、死にたい、とくるしみ続けた日々も、「３５になったらきっといいことあるから！」と根拠の無い希望（いつの間にかもうそれは信念になっていましたが）を持ち続け、それを信じ続けた結果、その言葉どおり、わたくしは３５歳の３月に、今の運命に出逢うことになるのです。それから、わたくしの人生がそれまでと１８０度転換したのは、これまでブログ等で幾度も書いてきたとおりでございます。そう、それほどまでに、わたくしは、まさに「希望に生かされてきた」のですね。わたくしがこのお仕事をさせていただいているのも、結局は、自分自身の為なのかもしれません。昨日、春分の日、以前からこの日からが本当のスタート！と心していて、この日から本当に２０１０年が始まる…と思って、何があっても、この日までには、ちゃんと心を整えよう、エネルギーも整えよう、そう思い続けていました。けれど、実際は、昨日、こちらも黄砂と共に春の嵐が吹き荒れたように、わたくしの心は、そのエネルギーにきっと負かされてしまったのでしょうね、これまでに無いほどに、心の底にある膿という膿が出尽くしたような、とてもつらい一日になりました。結局、せっかくのお休みだったのに、午後以後晩までずっと塞ぎこんで泣いて泣いて。（昨日の”「D.J. I lOVE YOU」じゃなく”を書いてから、急にだだ落ち込みｘ）お祈りをしながらも、塞ぎこむほうが本当にひどくて、本当に昨日はつらかった。…なかなかにねぇ、思うようにいきませんねぇ（苦笑）で、結局、昨夜も、また、ストレスから来る膵臓の違和感、鈍い痛みにくるしみながら、結局、あまり寝られなくて。昨日一日、あんなにも泣いてしまったからでしょうねぇ。今朝も５時台から目が覚めていました。けれどね、わたくしは昨夜も、ライブで流れる、ヒューストンのレイクウッド・チャーチの礼拝を見て、また涙していたんです。昨夜のジョエル師のお説教も本当に素晴らしかった。彼は本当に希望の伝道師ですね。そして、彼はとても人間的で、かつ、とても魅力的なひとだと思います。とにかく、彼のお説教はいつもわたくしを涙々で聴いています。いつも手にしているミニタオルが涙に濡れて濡れて仕方ないほどです。そんなわけで、昨夜もジョエル師の素晴らしいお説教を聴いて、少し心が落ち着いて、やっと眠れたのですが、でも、やっぱり、今日は朝早くから目覚めてしまって。それで、今朝は、ずっと、ジョエル師のお説教がポッドキャストでも聴けるので、何週分も纏めて、幾つか彼のお説教を聴いていました。そうやって幾つもの彼のお説教を聴いているうちに、少しずつまた心が落ち着いてきて、勇気付けられてきて…。そして、今、この記事を書いています。わたくしは、この自らの今のお仕事を、おこがましいかもしれませんが、これは、天から授けていただいたお仕事だと思ってやっています。もともと、わたくしは、わたくしの運命を変えた本のひとつである「スピリチュアル・マネジャー」に出てくる、マリアのようなお仕事―――ビジネス・リーダーの個人的なスピリチュアル・カウンセリングのお仕事がやりたかったのです。それで、学問として「直観力とスピリチュアリティ」について学び、それを自分なりに体系だてられたら、と思っていました。ずっと、そう願ってはきたけれど、まさか自分がサイキックになるとは思いもよらず。それが、予め時間がセットされていたように、２００７年の１月４日の朝起きたら、突然サイキックになっていたのですね。１月３日から４日にかけての晩見た夢は、わたくしが今回どうしてここに生まれてきたのか、そして、生まれる前はどこで何をしていたか、ということを教えてくれたものでした。そして、その夢が覚める前には、わたくしがこれまで生きてきたいくつもの過去世の中で、最も今の人生に影響を及ぼしているであろう、かつて、現在のフランスで生きていた時代のわたくしが出てきました。銀色に近いブロンドで、３０歳くらいの女性で、綺麗なドレスを身に纏い、修道院の中庭沿い回廊のところで立って、気持ちよさそうに空を見上げているところで夢が終わって。それで目が覚めたら、サイキックになっていたのでした。そんな経緯で思いもよらず突然サイキックになって、それで、もともと自らがやりたいと思っていた、「スピリチュアル・マネジャー」のマリアのようなお仕事を本当にやろう、と決めたのです。だから、今、この道をプロとして歩んでいるのですね。でも、結局、わたくしは、このお仕事をおひとの為、社会の為、というよりは、きっと、自らの為にやっているのです。きっと、このお仕事をすること、この使命を担うことこそが、わたくし自身の魂を救うことになり、引いては、今回この世に再び生まれてきたことの最大の目的のひとつでもあるということ…（ほかに幾つかあるのです、実は）、そして、こうしてブログに綴ったり、クライアント様にお話しさせていただくことというのは、結局は、全て、わたくし自身に語りかけていることなのですね。わたくしがわたくし自身を励まし、癒し、導き、育て、限りなくどこまでも自らの天分を伸ばす為にしていることだと思うのです。だからこそ、希望を信じたいし、大切にしたいし、この記事のタイトルにあるように「愛と希望と夢」を何よりも大切にしたいと切に思うのです。昨日、わたくしが一日ひどくくるしんだのは、わたくしの夢が、わたくし自身の人生と密接に絡み合っているからこそ、でした。そこには、信じたいけれど、信じてきたけれど、でも、どうすれば？という命題がずっとあって、それでずっとわたくしはくるしみ続けてきているのです。それは、おそらく、神様にしか解決出来ない問題で。そう、きっと、そう、なのです。まさしく、それこそが、わたくしがずっと、自らの「魂の病気」とも言うべく、過去世から現在にまで至る、わたくし自身の人生の本当に根深い問題で。それがずっと解けなくて、それでくるしんでいるのですが、でも、それも、もう、神様にしか解決していただけないんですよね。わたくしはずっとそこで「なぜ？」ととらわれてしまって、そのくるしみや痛みにばかりフォーカスしてしまうものだから（解決したいからこそ、フォーカスしてしまうのも当然と言えば当然なのですが）、余計にぐるんぐるんになって抜け出せなくなってしまって。その「病気」には、わたくしの夢、人生、過去世から引っ張ってきたもの、どうしてもどうしてもこれだけは叶えたいと言う今世での究極の願いまで絡んでしまっていて、全部、結局、ひとつの問題になってしまったりするのです。それで、余計に身動き取れなくって。だから、わたくしは、０８年の夏、東京で「あの日」、わたくしにとっての２代目のおメダイを買った時から、ずっとずっとくるしんできたのでした。けれど、不思議なことに、この３月に入って、それまでほぼ肌身離さず持っていたその２代目おメダイが突然消えたんです。探しても、探しても、無い。以前もわたくしは朝起きたら指にはめていた指輪（ものすごく大切な御守りだった）が突然消えていたことがあって、結局、その指輪が消えた日に、自らの今「運命」と信じていることについてのひとつの確信を得ることになるのですが、そう、今回はこのわたくしの夢の道の「Season 2」をずっと守り、支えてきてくれたおメダイが突然消えてしまったんです。その頃から時を同じくして、オラクルカードでも、「始まりと終わり」とか、「新しい始まり」とかが頻繁に出るようになって。それで、先日の１６日の新月の日に、丁度まさに新月の時刻に天界に叩き起こされて、その日が終わる頃、「あきらかにこれまでとエネルギーが違う！！」と直観冴えまくり状態になっていて。そんなこともあって、ほんと、わたくしの夢の道、「Season 3」が始まったみたいなのですね。けれど、「Season 1」が、それまでの人生始まって以来最高に幸せな日々過ぎて、「Season 2」はそれまでの人生始まって以来最も過酷な日々だった、んじゃぁ、「Season 3」は今度はどうなるの！？ってな感じで、ドキドキなのです。でも、昨日も結局一日くるしんだのは、「Season 1」のあまりに幸せなときに夢見たことが、「Season 2」のあまりに過酷な現実の中で、だんだん光を失っていくばかりで、自分もだんだん追い詰められてしまって、本当に正しいのかどうか、もしかしたら、全てはわたくしの「エゴ」で、神様が望まれる道と違うのではないか？と思ってしまったから、なんです。いつも、ブログには、「この夢の道を信じて」とか「運命と信じるこの道だけは、命にかえても」と書いています。それはわたくしの本心ですし、実際そう思っています。信じています。信じてきました。ここまで、まだまだ短い我が道だけれど、でも、それでも、何度もあきらめそうになって、その度に持病の痛みもあって、散々くるしみました。そんな日々の中で、「Season 1」のあまりに幸せ過ぎた日々は、一時のそれこそ「夢」で、わたくしはそのときに見た幻を「運命」と信じ込んで、ここまで馬鹿に走ってきてしまったんじゃないか？と、この人生始まって以来最も過酷な「Season 2」の日々の中で、何度も思ってしまったんですね。それで、それが行き着くところまで行き着いちゃったのが、きっと、昨日、だったんだと思います。でもね、やっぱり、わたくしはアホ（苦笑）なんでしょうか、一日泣いて泣いて落ち込んでも、そして夜もあまり寝られずに今朝早く目が覚めても、それでも、やはり、この「運命」と信じるこの道、夢、全てをあきらめることが出来ないんです。どうしても、それだけは、絶対に出来ない。もしかしたら、本当は、わたくしが思うように、「Season 1」の人生始まって以来最高に幸せな日々、そしてそこでわたくしが見たものは、本当にそれこそ「夢」で、「Season 1」前の人生が「あまりにも悲惨」だったから、神様がちょっとご褒美に、いい思いをさせてくださっただけなのかもしれない。わたくしが今歩いている道…は、実はもう透明のやがては消えてなくなる崖と崖の間にかかる橋で、今すぐにでも、その橋が消えて、わたくしは奈落の底に落ちてしまうのかもしれない。それに、わたくしが願う、究極の願いというものも、神様に決して許していただけることなどではなく、あまりにもおかしい、それこそ、気が狂ったと言われてもおかしくないほどの危険な妄想なのかもしれない。それでも、それでも…。わたくしには、結局、この道も、夢も、そして、我が究極の願いも…、絶対にあきらめることは出来ないんです。でも、あまりに「Season 2」が本当にこれまたヘヴィーで、身体も心もぼろぼろになってしまったもんだから、それで、途方にくれちゃって。わたしはおかしいんだろうか？わたしが信じる道は間違いなのだろうか？神様に許されていないから、神様が賛同してくださってないから、こんなにもあらゆることが全部うまくいかないんだろうか？って思ってしまって…。でも、でも、でも…！なんです。そう、結局、わたくしは、何があっても、たとえ地獄に落ちようとも、やはり、この究極の願いも、夢も、この道もあきらめることが出来ないんですよ。ほんと、間違ってるかもしれない。間違ってるんだと思う、それでも、それでも…。たとえこれまでの人生の悪いパターンを繰り返すだけだとわかっていても、それでも、わたくしは、結局、自分が思うように生きたい…と願う、その強い思いだけは曲げることが出来ないんです。この夢の道…と信じていることも、究極の願いも、ただの我が儘、ただの自己中なのです、きっと。それでも、今回の人生、最後だけは、絶対、思うように生きたい、願いを叶えたい、何をおいても、この夢の道、願いだけは…、というのが本当に強くて。普段、神様が…と頻繁に書いている者が、もしかしたら、神様の御心に適わないかもしれないことを、結局、自らの強い思いだけで、最後まで貫こうだなんて、間違っているとは思います。それでも、ほんと、何を置いても、今、わたくしが信じる道を貫くことだけは、それこそ、わたくしは命にかえても、と思っているのです。その思いは、初めてボストンに飛んだとき、チャールズリバーのあの橋の上を泣きながら歩いた（あそこでも泣いてた（笑））ときと全く今も変わりません。わたくしは、この道を、この夢を、そして、この願いを、この仕事を、神様からいただいたもの…、これこそが我が使命、これこそが、神様がわたくしにやっとくださった人生最大の贈り物と信じてここまで来ました。けれど、それも、本当は間違っているかもしれません。でも、でも、それでも…、わたくしは、結局、神様の御意志…よりも、自分が後悔しない道を最後は選ぶのです。いつもそうなのです。わたくしの今回の人生の命題が「いつも自由で居ること、そして、後悔だけはしたくない」、だから。自分が痛い思いをしても、やりたいことは全部やる、後悔だけはほんと、絶対にしたくないって。それだけは、これまで、ずっと貫いてきました。「ここぞ！」と言うときは、いつも本当に大胆なこともしてきたし、それは、きっと、他の方からご覧になったら、よくないこともいっぱいありました。けれど、わたくしは、やるだけのことをやって、それで納得がいったら、それで本当にいいんです。やるだけのことをやらないで、後悔することだけはしたくないって。そこらへんの変な意地の強さがあるから、そして、とても大胆で強情なところもあるから、それをわたくしは特に厳しい母にいつも叱られ、咎められてきました。でも、やっぱり、わたくしは、結局、まだ「やるだけのことをやってない」っていう思いがあるから、だから、この道を絶対に降りられないのです。それこそ、神様の御意志に背くことなのかもしれないと思いながらも。もしかしたら、神様はここでこのまま滋賀で生きなさいとおっしゃってるのかもしれない。全てをあきらめて、ここでおとなしく、あれは全て夢だったと地に足を着けて生きていきなさいとおっしゃっておられるのかもしれない。身の程を知りなさいと。でも、わたくしは結局、かの地にある見たいもの、聞きたいこと、逢いたいひと達、やりたいこと、学びたいこと、そういったこと・もの・ひとに対する好奇心が抑えられないのです。それだけは、何があってもやり遂げたい、たとえ地を這うことになっても、絶対、かの地平に辿り着いて、悔いなく、やりたいことは全部やりたい、ただ、本当にそれだけなのですね。けれど、わたくしが思うこと、やりたいと願うこと、見たいと思うもの…、そういったものすべてが、わたくしの最も身近なところに居るひとからすれば、あまりにも途方も無く、突拍子も無く、だから、わたくしはいつも「なんでそんなことをするの！？」と叱られることが多く…、それで、今も、自らが、命をかけても、とまで思うことさえ、そうやって「間違っているんじゃないか！？」とずっとひとりでぐるぐるくるしんできたわけです。また、３０歳の頃、本当に準備万端でいざ、上京しよう！と思っていたのに、丁度その頃、いちばん思うように身体が動かず、最悪のときで、おまけに、ここから動けないようなことがたくさん起こってしまって。あのときの「行きたい場所に思うときに行けなかった」というくるしみがとても未だに心苦くて、そのことがトラウマになってしまって、今も、どこか、「行きたい場所に行くことを神様は許してくださるのだろうか？」と思ってしまう。「やりたいことをやることを神様は許してくださるのだろうか？」と思ってしまう。結局、そこがいちばんずっと解決しなくて、それで、今ここに居ることも相まって、ますます「わたしは許されないのではないか？」と思って、それでずっとくるしかったのでした。でも。たとえ、過去世からのひどい「魂の病気」が未だはびこっていたのだとしても、たとえ神様からご覧になって間違っているかもしれないこの道、夢、願い、だったとしても、わたくしは、もう、今信じることを、この思いを、情熱を、信念を、最後、自らが灰になるまで、貫こうと思います。ここまでつらくても、くるしくても、絶対にあきらめたくない！と思うのは、わたくしの人生始まって以来だから。ここまで本当に強く、何があってもあきらめず、しぶとく思うのは、ほんと、初めてなんです。それほどまでに、この道だけは、この夢だけは、この願いだけは…というのが本当に本当に強くて。そうは言っても、やっぱり、ただのエゴなのかもしれません。神様はわたくしがこうすることを望んでおられなくて、そのうち、もっとひどい「仕打ち」が待っているのかもしれません。それでも、それでも。わたくしは、今回の人生こそは悔いなく生き切りたいのです。何が正しくて間違っているか、なんて、長い目で見て見ないとわからないとも思います。それに、わたくしはやっぱり、自分には誠実に生きたいから。たとえ、世界中を敵に回したとしても、わたくしは、やっぱり、自分に嘘はつけないのです。そして、それほどまでに思うこの道にもう出逢ってしまったのです。だから、わたくしは、自分にとっての信念を貫こうと思います。もし、これが本当に正しければ、神様はこれからもこの道を応援し、夢を繋げ、願いをいつか叶えてくださるでしょう。わたくしは、ほんと、この夢も、この道も、たったひとつの究極の願いを叶える為だけに歩いているのです。それは、ほんと、おひとからご覧になったら、まぁ、とんでもない、荒唐無稽な願いなのでしょうが、わたくしは本当にその願いを叶える為にだけ生きているのです。だから、このお仕事も結局は自らの為、ということになりますね。今日はわたくしのことで随分長くなりました。けれど、わたくしもひとりの人間です。このブログをお読みくださっている方と同じように、悩み、迷い、逡巡し、考えあぐね、夜も寝られず、持病の痛みを起こし…、と、ほんと、ただのひとりの人間なんです。こんな一人間のありようも、何か、こうして記事にすることで、お役に立てることもあるかもしれない、そう思って今回はこの記事を書きました。タイトルにある「愛と希望と夢と」は、わたくしがこのお仕事をするにあたって、そして、何よりも、これからの残りの人生を生きていく上で、わたくしが最も大切にしたいものです。皆様に「愛と希望と夢」をお届けし続けることが出来るような存在である為にも、わたくしは、やはり、自分に嘘をつくことなく、どこまでも己を貫いて、これからも信念のもと、歩み続けたいと思います。そうやって生きることしかわたくしには出来ないから。わたくしが思うように生きてこそ、「愛と希望と夢」も皆様にお届け出来ると思うのです。この生き方が正しいかどうかは本当にわかりません。それでも、わたくしは、やはり、これからも思うように生きたいと思います。願います。そうやって生きてゆくことしか、わたくしは出来ないから。自分を信じて、あとは神様に全てをお委ねして、この春の日からまた心新しくまいります。これからも、皆様、どうぞ、Office Sorae／夢咲璃い（ゆめさき　りい）をよろしくお願い申し上げます。長い記事を最後までお読みくださいまして、本当にありがとうございました。皆様もどうぞお元気で、よりご自分らしく、それぞれにご自身の道を歩まれますように。お幸せを心からお祈りいたしております。</description>
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<category>reessay</category>
<pubDate>Mon, 22 Mar 2010 11:48:52 +0900</pubDate>

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<title>「D.J.I LOVE YOU」じゃなく</title>
<description>なんという偶然！！（笑）わたしが高校時代に出逢った「珠玉の」ANRIさんのアルバム、「BOOGIE WOOGIE MAINLAND」 、当時は LP として発売（！）されていたのね、それが、 CD として発売されたのが、今から１４年前の丁度今日！！だっただなんて（笑）そう、タイトルにある「D.J.I LOVE YOU」は、このアルバムに入っているのです。んで、今日はこの「D.J.I LOVE YOU」に纏わる（？）お話から。この「D.J.I LOVE YOU」、初めて聴いてからもう２０年以上経つって言うのに、わたしの中ではいつまでも輝く、まるで少女時代に「お母さま」からいただいた先祖代々受け継ぐ大切な指輪みたいに…、そんなふうに、とっても思い入れのある、大切な曲。と言うよりも、単純にこの歌が本当に好きで、好きで、大好きで。今でもこの曲が流れ出すと無条件でご機嫌になってしまう。それほどなまでに好きなのです。でも、この曲、悲しいかな、失恋の歌で。わたしはいつもどこかそうなんだけれど、こういう、素敵な曲…なんだけれど、どこかちょっぴり悲しい or ものすごく切ない歌が好きで。その「切なさ」にどこか無条件で心惹かれてしまうところがあったんです。「D.J.I LOVE YOU」なんか、ほんと、メロディと歌詞の素晴らしさ、冒頭からいきなり「札幌の夜景」が目に浮かんでしまう（丁度高校時代の修学旅行で見た「札幌の夜景」がすごく今も好きだから）…、そして、当時まだまだ本当に「まさに少女」だったわたし、は、この曲の持つ大人っぽさにすごく憧れたんだと思う。その他にも３０歳の誕生日を迎える頃、聴きまくっていた、とっても切ない歌…も、その歌詞の内容はとっても切なくてとっても悲しいのに…、冒頭のピアノのメロディの美しさに「やられて」（笑）、まるで当時の自分のテーマソングのように聴きまくっていたのでした。そしたら、そのとおりの恋愛をその後４年間に渡って引き摺ることになった（苦笑）まさに、その歌がその後のわたしの恋愛を預言していたかのように。ほんと、「そのまんま」の展開になってしまった（苦笑）これは、ほんと、笑えなかった（笑）いやいや、「ただの偶然」だったのかもしれない。ほんと、そうかもしれない。けれど、わたしは「あんな恋」がやってきたのは、絶対、あの切ない甘いバラードを聴きまくっていたからだと思うんだ。だって、そうでなかったら、あのとき、本当に「このひとだっ！！！！！」と信じたひとと、あんなふうにはならなかったはず！だから、だから！です。何が言いたいかって言うと、もう、「D.J.I LOVE YOU」みたいな甘く切ないバラードに無条件につつーっと惹かれてしまうのは、止めたい！ってこと☆いやはや、お笑いになるかもしれませんな（汗）ハイ、いえ、こういった素敵な曲が好きなのは、きっと、変わりません。だって、ほんとに素敵な曲だから。歌だから。それは、変わらないんだな。でも、わたしの人生、どこか、「演歌体質」というか、こういった悲しい歌、そのまんま、みたいなパターンにはまり込んでしまっているのではないか？と。もっと、こう、はっちゃけた、「うわー！幸せー！（叫）」みたいな、すごーくすごーく幸せな、そんな歌をもっとちゃんと意識して聴こう、と。そう、わたしはいつまで経っても「悲しい歌のヒロイン」で、永遠にハッピーソングは聴けない…みたいになってしまっているから。１０代や２０代はまだそれでもよかった（？）かもしれない、けれど、齢（よわい）人生折り返し地点近くになっているのに、いつまでも「悲しい歌のヒロイン」はヤダヨって思って。もっともっとわたしも幸せになってもいいと思うし、それこそ、「わたしにとっての、わたしが思うところの」”世界最高の幸せ”を手に入れてもいいと思うの。だって、ほんと、これまでいっぱいいっぱい我慢してきたし、やりたいことも、一緒に生きたかったひとも、みんなみんな、見送ってきたもの。うん、だからこそ、今も自由な身で居られるし、これまで一緒に生きたかったひとも、全部見送ったからこそ、良かった☆んだけれど、でも、でも、やっぱり、わたしももういい加減幸せになってもいいと思うんだ♪だから、もう、「D.J.I LOVE YOU」じゃなく…、ってこと、なんです。そう、この３年間のことを振り返っても、いくつか「成し遂げてきたこと」もあるし、それにもっと目を向けて、自分を褒めてあげて、自信を持ってもいいのに、実は全然そんなことは思っていなかったりして、「出来てないこと」とか「いかに自分がダメか」ということにばかり目を向けてきたから。でもね、そうじゃなくって、（これはほんと、ただの自己満足なんだろうけれど…）でも、ほんと、決してお嬢さま育ちなんかじゃないけれど、でも、人一倍、ある面では「箱入り娘」みたいに居てたわたしが、この３年間でやってきたこと、歩んできた道、経験してきたことは、それまでのわたしにしてみれば、ほんと、「大冒険だらけ」だったはずだもの。３年前のわたしには、とてもじゃないけど、出来なかったことだらけ、それをこの３年間でちゃんと曲がりなりにもやってこれたの。そのことにもっと目を向けて、自信を持ってもいいと思うんだ。勿論、たくさんたくさん、失敗もしたし、顔から火が出そうなほど恥ずかしい間違いもいっぱいあったし、それに、一生後悔してしまような取り返しのつかない大失敗も幾つかしてしまったよ。今のわたしをご覧になったら、「あんた、そんなの、ただの我が儘じゃない！」って言われるのはわかってるよ。それでも、この３年間で、わたしが旅してきた道は、決して、それ以前の人生では思いも寄らなかったことだし、その中でずっと、「運命」と勝手に自分が思い込んで信じてきたことを、この期に及んでも（！）未だあきらめることなく（！）しぶとく信じて、信じ続けて、思い続けて、その為だけに、ほかの全てを犠牲にして。そこまでしてでも、未だに、この「運命」にかけてるわたしって、どうよ！？とかも思うんだけれど、でも、何度も繰り返しているように、今のわたしにはもうこの夢しかないから。ほんと、この夢しかないの。おかしなくらいに。でも、それほどまでに、この夢にほんと、賭けてるんだ。だから、この３年間が「良かった」とか「悪かった」とか、今ここで評価をつけて、自分を「裁く」よりも、とにかく、この３年間、何はともあれ、うん、いっぱい失敗もしたけれど、でも、ほんと、よく頑張ってきたね！って褒めてあげたい、そう思って。英語のお勉強も直観力とスピリチュアリティに関するお勉強もまだまだ全然足りなくって、特に英語に関しては、ほんと、情けないくらなんだけれど、それでも、この、特に、こっち滋賀にまた帰ってきてからは、ずっと欠かさずヒアリング力向上の為にアメリカのドラマも見てきたし、ほんと、亀の歩みどころか、それ以上にゆっくり、ゆっくりのペースなんだけれど、なんとか勉強をここまでやってきて、少なくとも、ここに帰ってくるまでよりは、ヒアリング力は伸びたと思うし、今もあきらめずに、ほんと、少しずつ…なんだけれど、なんとか、なんとか、あきらめずに続けているもの。とにかく、とにかく。これまでの歩みを振り返って、ここまで歩き続けてきたこと、それだけでも「よし」としてあげよう、自分を認めてあげなきゃ！って。そう思って。０８年の３月、まだ箱根に居た頃、晴れた気持ちのいい朝、いつものようにあの寮のお部屋で出勤準備をしていたときに流れてきた、 Clark Anderson の「So Amazing」。丁度あの日はどこのFM局を聴いていたのかな、忘れたんだけれど、でも、その時の男性DJさんが、お友達の披露宴でこの曲が使われて、すごく感動した、すごくいい曲なんです！ってこの曲を紹介したの。あのとき、窓から差し込んでいた春の朝の日の光、そしてこの曲が持つ、なんて言うのかなぁ、すごく素敵な、明るさ、輝き感、荘厳さをもって、あのお部屋に居たわたしを、すごーく幸せに心満たしてくれたのね。それから後、この２年の間も、幾度と無くこの曲を聴いて、その度に、わたしはあの箱根の小さなお部屋をいっぱいに満たした幸せ感、希望を思い出してきたんだ。そして、今日も、今、この瞬間も、また、この曲を聴いて、これからの希望に繋げたい、そう思うの。この冬は、これまでの自分をくるしめてきた過去の亡霊が最大限に勢力を発揮して、何度も何度も本当に狂気に追い込まれそうにさえなった。怖くて、怖くて、外に出られなくて、あらゆるひとが怖くなってしまったし、２月には、それまでの自分のあらゆる行状、生き様、言動のあまりの幼さ、無責任さに愕然として、本当に本当に落ち込んでしまった。その他にも、もうどうすることも出来なくなって、あきらめたこと・もの・ひともたくさんあって。またわたしはここに帰ってきたときとおんなじ、この夢しかない状態になってしまった。幾つになっても、素直じゃなくって、ほんと、自分でももう、しゃーないなー！（＝仕方ないなぁ！）と思うけれど、でも、それでも、それでも、これがわたし、なんだよね。本当の自分として、思うように生きたい！と思って、名前を「璃い」に変えて、そして、この名前を本当に本格的に使い始めて、この春でこれまた丁度３年。あらゆることが、全て、全て、一周して、また、ここで、この部屋で、この記事を書いているわたしが居ます。ここまで来た道、ほんと、たくさん失敗だらけで、取り返しのつかないこともやってしまって、いっぱい、いっぱい、恥ずかしいことも、反省点も、たくさんある。それでもね、ほんと、自己満足に過ぎないんだろうけど、それでも…！わたしは、この道をここまで３年間、一生懸命、自分なりに歩んできたわたしを高く評価してあげたいし、認めて、褒めてあげたいと思う。だって、誰にも保証されていないこの道を、ただひとり、自分で勝手に、「運命」と信じて、ここまで歩んできて。そして、今も、その思いだけは変わらないし、これからも、ずっと、変わらないと思う。だって、もう「思い」から「信念」になりかわっちゃっているもの！「あの日」出逢った「運命」に、あの日、観た、全てに。それが、たとえ妄想でも幻影でも、幻だったとしても、構わない。それでも、わたしは、ここまであの日観た「運命の地図」を信じて、ここまで来たのだから。そして、それを信じる気持ちは全く今も変わらないのだから。そして、これからも、この道をあきらめずに、相も変わらず、信じて、歩き続けていくのだから。今も、あの日夢見た、信じた、この夢しかないけれど。ほんと、笑っちゃうくらい、この夢しか、ほんと、無いんだけれど。でも、わたしは、それでいいんだと思う。これでいいんだと思っています。だから、これからも、信じて、この夢の道を歩き続けていきます。この夢さえあれば、わたしは全然平気だし、逆に、この夢があるからこそ、わたしはわたし、「璃い」で居られるんだもの。だから、これからも、この夢の道を信じて、歩き続けていきます。いつか、必ず、今胸に抱く夢を、思い描く夢を、必ず、叶えて、満面の笑みで微笑む日が来るまで…☆</description>
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<pubDate>Sun, 21 Mar 2010 09:00:49 +0900</pubDate>

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<title>いつか、羽ばたくために</title>
<description>このブログ「りいのき」は何よりも大切…☆ということは、以前にも書きましたが、それは、本当です。今のわたしがあるのも、まさに、このブログがあるから！それほどまでに、本当にこのブログはとても大事なんですよ☆さてさて。漸く重い闇を抜け出せそうです。少し前の記事にも書いたけれど、ほんと、この冬は、これまで生きてきた中で、最も「八方塞」だったかもしれない。今だって、決して「状況」は変わっていないのだけれど、でも、Pastor Joel  のお説教を毎週聴き、メルマガを毎日読み、お祈り…としていたら、少しずつ、少しずつ、だけれど、また何とか歩き出せそうです。って言うか！（笑）「歩く」どころか、「羽ばたきたい！！」わたしなのに。昨日、ずっと聞きに行けてなかった、健康診断の結果をやっと聞きに行ってこれました。膵臓の検査はしてないんだけれど、それ以外は何かこう悪いところがあるわけでもなく。高校生の頃から「高脂質症」なのはもう分かっているからね（笑）それ以外は特に無かったから、ほんと、ほっとした。これから、ちゃんと、また、改めて、全部丁寧に身体を診てもらおうと思う。そうしないとね。漸く、漸く、なんとか、この３月２１日、春分のパワフルな日に、わたし自身の新たなスタートが追いつきそうです。勿論、まだまだ「変わりどき」で不安定なところは多々あるんだけれど、それでも、やっぱり、考え方を少しずつでもプラスに持っていこう！というその意志が働くようになっただけでも、ほんと、儲けもん（笑）だと思う。まだまだくるしいこともいっぱいあるし、魂の治療もいっぱいしていかないといけないんだけれどもね、でも、少なくとも、前に向かって歩いてゆこう、その力だけはなんとか持てるようになった。それだけでも、ほんと、神様に感謝しないと！わたしはわたしを幸せにする！って決めたの。だから、その幸せを守るためには、もっと強くならなきゃ。これからわたしが歩むであろう道を思うとき、その「大変さ」に思わず倒れそうになることだってあるよ、気が遠くなりそうな。それでも、ニューソートでは、神と共にあれば、どんなことだって出来る！と言うし。あきらめちゃいけないし、何事もやってみなければ分からないんだし。それに、今ここにあるくるしみも、何かこう意味があってのことなんだろうしさ。そのくるしみに翻弄され続けてきたけれど、それに少なくとも負けたくないっていうか、、、なんて言うのだろう、その悲しみにやられっぱなしで本当にいいの？って思って。そこの責任を放棄して―――勿論、本当にくるしいときは、そんな、自己の幸せを守る為の責任がうんぬん、、だなんて、とてもじゃないけれど、考えが及ばなかったんだけどね―――、このまま居たら、わたし、ほんとにダメになると思って。起こる事象に湧き立つ感情は仕方ないけれど、その沸き上がった感情を受けて、その後、自分がどうするかは選べる！ってやっと分かって。このまま不幸なわたしでいいの？いいわけがない！じゃあ、どうする！？ってな感じで、やっと、考えられるようになった。やっと、やっと、ここまで来たんだ。わたしは夢を叶えたい。思う場所で、思うひと達と共に、理想の環境で、わたし自身の天分を最大限に発揮したいの。そして、そう出来るように、努力できる自分でありたいの。でも、今はその努力できる以前の問題で、自らの境遇にくるしみ続けて。手も足も出なかった。でも、でも、ほんと、このままじゃ居られないから。今だってくるしみの最中だけれど、でも、絶対、負けない。負けないよ。なぜなら、わたしは本当にこの運命を信じているから。そして、何があっても、この運命だけは、夢だけは、人生だけは、あきらめちゃいけないって思うから。弱いわたしがこんなにも「これだけは！！」って強く強く思うのは、きっと、よっぽどのことなんだよ。こんなふうに書いていても、次の瞬間、地面にたたきつけられたみたいになってしまうわたしだけれど、でも、それでも、こんな今ここのわたしからでも、夢に向かって羽ばたけるよう、もう一度風を待とう。風を呼ぼう。風を起こそう。そして、歩き出して、そのうち駆け出して、助走から、やがては、本当に羽ばたけるように、もう一度、頑張ってみよう。こんな状態になってまでも、わたしの夢はこんなにも輝いているから。そして、そのさらなるきらめきを、輝きを、わたしはこの手でつかんで、この目で見て、この身体と心で体験したいから。目指す玉座はただひとつ。それを信じて、これから、もう一度、もう一度、歩き始めたいと思います。</description>
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<category>reessay</category>
<pubDate>Sat, 20 Mar 2010 16:53:18 +0900</pubDate>

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<title>Reach high, ...</title>
<description>                                  　　　　　　　 Reach high, for stars lie hidden in your soul.　　　　　        　　　　 Dream deep, for every dream precedes the goal.　　　　　　　　　　　　　 --- Pamela Vaull Starr</description>
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<category>ことのは・つぶやき</category>
<pubDate>Sat, 20 Mar 2010 13:50:06 +0900</pubDate>

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<title>両手を広げて</title>
<description>新しい人生を迎え入れることになるようです？「？」がつくのは、本人にまだ実感が無いから（笑）けれど、確実に、１６日の新月から「何か」が変わって行っていて、それは、わたしもなんとなくわかっていて。オラクルカードに聞いてみたら、それこそ「？」というような感じで、本人はまだまだわかってないんだけれど、でも、うん、きっと、何かが変わる。昨年末から、いろいろなものを手放してきました。自分の中では納得いかなくって、つらくって、迷って…。でも、後悔はしていませんし、やっぱり、どんなに心細くても、くるしくても、前に進もう、そう思います。その為にオフィシャルブログも変えたのだし、いろいろと自分でも悲しい思いをしながらも、全部一旦手放したの。その結果、うん、うーん（困）、うまく言えないんだけれど、でも、確実に「楽に」なれたのは、確か。本当に大切なものだけ残そう、って心に決めたから。わたしがやったやり方は到底ひとにはすすめられない。けれど、今もそう…なんだろうけど（苦笑）、でも、もうわたしのキャパはあふれてしまっていたから。あまりにも自分のことで精一杯で、つらくて、とてもじゃないけれど、ひとと関わる余裕なんて無かった。お仕事は別にしても、そう、クライアント様はちゃんと観させていただいてきたけれど、それ以外のプライベートは完全にもう引き篭もってしまって。今もまだまだ不安定だから、自分の為のケアとキュアの時間をしっかりとってあげないといけなくて、等分、まだひとり、なんだろうけどさ…☆それでも、本当に、自分が歩きやすい速度で歩こうって決めて、それでブログもアメーバからエキサイトにお引越しして、うん、なんだかすごく楽になれたの。勿論、後悔もいっぱいあるし、本当にこれでよかったのかなんて、わかんない。けれど、焦ってまたもとのパターンに戻ることは止めようと思ったんだ。うまく言えないんだけれど、お仕事始めて１年間で築いてきたものは一旦壊してみなきゃ、って思った。壊すというか、ううん、それは違うな、とにかく全部一旦クリアーにして、もう一度一から始めようって。そう思ったんだ。今は本当に自分のことだけで精一杯で。だから、何かよくないこと？が起こっても、それに向かう力さえ無かった。けれど、お陰で、自分の甘かったところとか、弱かったところとか、直すべきところとか、痛いほどわかって、それが６年ぶりの「生き方についての挫折」だったんだよね。それと、わたしが本当に何をすべきか、サーバント・リーダーシップの本との出逢いや、改めて、ボストンとのご縁について振り返ることになって。それで、本当に欲しいもの、なりたいわたし、生きたいステージ、行きたい場所が改めて明確になったの。それ以外はほんと、もう、要らないやって思って。その「６つのもの・こと」さえあれば、わたしは他には何にも要らない。そう思ったら、改めて心がとっても軽くなった。今はもう一度、一旦全部クリアーにして、また一からやり直し。それでいいんだと思う。どこか、ずれてしまったものは、そのまま走り続けても、いつか脱線してしまうだけだもの。まだこの春、もっともっと手放していかないといけない渦中かもしれないけれど、でも、新しい人生を迎えることにもなるみたいだから、それはとっても楽しみです。わたしがずっと信じて待ち望んだものだといいなぁ。あはは（笑）それは神のみぞ知る、か。でも、いいの。前の記事にも書いた、どうしてもこれだけは成し遂げたいってことが、もう、ぶれなくなったからさ。１年前だったら、まだまだ、思いっきりぶれてた。そんなことどうやって叶えるの？実現するの？って恐れおののいてた。それがね、なぜだか分からないけれど、これは絶対今、成し遂げなきゃ！って強く思うようになったんだ。だから、何かが変わっていっているんだと思う。でも、ほんと、これは、わたし、絶対叶えたいことなの。その為なら、怖がってもいられないから。一歩踏み出そう、と。そろそろもう浮上しかけてもいいんだけれどなぁ。そうでないと、新しい人生を迎え入れられないしね（笑）とにかく、とにかく。まだまだ、ともすれば、ぶくぶく沈みそうになるけれど、少しでも浮上できるときは、その間だけでも、心をしっかり強く持って。どうかこの「予感」が本物でありますように…☆</description>
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<category>reessay</category>
<pubDate>Fri, 19 Mar 2010 02:46:37 +0900</pubDate>

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<title>go to there</title>
<description>行きたい場所があります。逢いたいひとが居ます。やりたいことがあります。こう言うと、親しいひと達は「ボストン？でしょ？」と笑顔できっと返してくれるんだろうけど、ううん、それだけじゃない。今すぐ行きたい場所があって、逢いたいひと達がそこには居て、やりたいことがあって…。なのに、どうして出来ないんだろう？「魂の病気」の解決策が "Guilty" なのなら、わたしは本当にどうしたらいいんだろう？いつも素直に？と言うか、無邪気に、結構、どなたにでも、話せる範囲での自分のことは結構話しちゃうわたしなんだけれど、肝腎の本当に大事なことは言わない。って言うか、本当に大事なことは、結構、秘密主義。うん、本当に大事なことは、逆に言えなくなってしまう。よい意味でも、わるい意味でも。大学受験のときもそうで、仲良し４人組でいつも居たのだけれど、わたしは自分の受験校を受験の数日前までずっと秘密にしていた。ほかにも、この２年間で「我が人生始まって以来最高の栄誉」にまみえたときも、逆にそのことが凄すぎて、ひとに話せなかった。実際、そんなもんだと自分では思ってる。そう、ずっと去年の秋から行きたい場所があって、どうしてそこに心が惹かれるのか、訳が分からなかった。それが、この３月、わたしにとってまさに「運命の日　その１」に、やっとその原因が思いがけない形で公表されていて、わたしはちょっとそのことでかなりびっくりした。だって、まさか、そんな展開になるとは思わなかったから。そして、改めて、自らの直観を信じることになった。やっぱり、あの場所へ行きたいと思っていたことは間違ってなかったんだ。ちゃんと、理由があったもの。そして、それが現実にリンクしていたもの。だから、無性にあの場所に行きたかったんだ。やっと、自分でも納得。そう、逢いたいひと達が居て、それは箱根でもあったりするし、東京でもあったりするし、もっと南国だったりするのだけれど、勿論、「ボ」も含まれます（笑）けれど、今直近で行きたい場所は、ほんと、とてもとても大事な場所で。そこにほんと、行けたらいいなぁ☆そこに行って空を見て、風を感じて、大地を踏みしめたら、わたしはきっと「あの日」に帰れると思う。同じ日にわたしはまた違うところでも心を刻んできたりしたけれど、でも、今はあの原点の地に帰りたい。そうしたら、きっと "Guilty" なんて言葉も吹っ飛んでしまって、全てを越えられると思う。空だって飛べるようになると思う。大地を這うことさえ出来ないような今のわたしだけれど、でも、やっぱりあの場所へ帰りたい。あの日の風と空気と空に一瞬でもかえれたら。奇跡が起こらないかなぁ？奇跡は起こすもの、なんだよね。おひとのことにはたくさんミラクル起こせるわたしなのに、どうして自分のことにはミラクル起こせないんだろう？わたしはただもう一度あの日のあの場所に帰りたいだけなのに。</description>
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<category>reessay</category>
<pubDate>Fri, 19 Mar 2010 00:25:14 +0900</pubDate>

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<item>
<title>Guilty</title>
<description>祈りに祈りを重ねて、もたらされた言葉は "Guilty" 。目が覚める前、はっきりと聞こえたのはこの言葉だった。だから、わたしは小６の夏休みに「人間は神の子である」というあの御教えに出逢っていたのか？「人間は神の子である」と信じたいと願いながらも、結局は自らが過去世でしてきた「罪」の意識がずっと根底に蔓延っていたということか？だから、こんなにも人生がこんな状態なのか？</description>
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<category>short reessay</category>
<pubDate>Thu, 18 Mar 2010 12:50:48 +0900</pubDate>

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<title>予感</title>
<description>昨日の新月はやはり相当パワフルなものだったらしい。わたしがその新月の時刻丁度くらいに天界よりたたき起こされたのは、昨日、書いたっけな？（笑）その反動でか、今日はなんとお昼過ぎまでぐーすか寝てしまった。いやいや、ほんと、今日は逆に起きられなかったの。それに、内なる直観も今日はゆっくりしたほうがいいと言っていたので…。そんなこんなで、出かける予定もキャンセルして、今日は一日おうちでお洗濯して、お料理して…の一日。昨日でこの２年の闇が晴れた…！と書いたけれど、そう一朝一夕に全てが晴れるわけではなく。今日もちょっとプチ波乱。またエンエン泣いたのだけれど、御飯を食べたら少し落ち着いたので、今もこうしてこのブログを書いています。このブログは、オフィシャルブログよりも大事で、後々、今までの日々のことを本に纏めるときの大事な資料にする為もあって、誰よりもこのブログ「りいのき」をわたし、ほんと、愛しています。オフィシャルブログは潔く全記事削除とかしちゃうけれど、このブログだけは絶対出来ないもんね。それほど、この「りいのき」はわたし自身と同じくらいとても大事なのです☆実は、数日前から、０８年の７月に「あの」東京で買った、おメダイが見当たらないの。そんなこともあって、これまでのこの２年間の「闇」が晴れたのかな？って思ったんだ。でも、おメダイは、そう、あのおメダイを買った日から、本当の今のわたしの旅路が始まったんだよね。箱根での８ヶ月をも含む「我が人生始まって以来最高の幸せなとき」を本当に最後見送って、その翌日に買ったのが、今までずっと持っていたおメダイだから。そのおメダイが消えたってことは、きっと何か意味があるのだと思って。それで、昨日の「新月騒ぎ」（笑）でしょう？だから、やっと「晴れた」のかと思ったの。実は、さっきも晩御飯いただいた後（今日もまた石臼で引くが如く、徹底的に噛み噛み）、ちょっと、ほーっとしてたら、なんか、やっぱり、違うエネルギーを感じた。なんて言うのかなぁ、わたしを取り巻くエネルギーが変わったっていうか、これまで無かったエネルギーを感じるんだ。すぐそばに。とても暖かく、本当に安心できる、穏やかな、でも、「空色」のエネルギー。天使なのか、アセンディッドマスターなのか、それとも、今この世を生きている誰かからの愛のエネルギーなのか？とにかく、無条件に本当に安心出来るの。このエネルギーの存在を感じ取ってから、さっきまでのパニックもどこかに行って、今、落ち着いて、こうしてゆったりとこの記事を書けている。こんなエネルギーに触れるのは本当に久しぶり。ずっと、ここ滋賀に帰ってきてからの日々が、わたしにとっては、一瞬一瞬が、まるで、ぐさぐさ剣が突き刺さるような痛みのエネルギーを感じるしかなかったからさ。だから、ずっと、本当につらかった。どしゃぶりの梅雨の時期のひどい雨が降りまくってる竹林にひとり居るようなイメージでさ、そこへぐさぐさ痛いエネルギーが突き刺さるもんだから、正直、一刻も心休まるときなんてなかった。この地へ帰るたび、いつも心くるしくなって、剣が刺さることにいつも身構えてきたから、ただそれだけでエネルギーを消耗しきっていたんだ。でも、今ここにあるエネルギー、ほんと、すぐそばにある、この穏やかで優しいエネルギーは、一体どこから飛んできたんだろう？天界？天使なの？わたしの守護霊さん？ハイアーセルフ？聖母マリア様のエネルギー？それとも誰か別の女神様？それとも、それとも…？昨日した決心が、現実を変えていっているのかなぁ？仕事とプライベートも兼ねて、新しいことを決意したんだよね。これは絶対成し遂げようって。わたしの思いとかエゴとか、そんなんじゃなくって、これはやらなきゃ、天からの使命だって思った。お金の為とか、名声を引き寄せたいとか、そんなんじゃなくって、これは、きっと、神様の意図、ご意志だと思えるほどの、強い使命感を持ってるの。でも、それを実現する為には、今のままじゃ到底無理で、だから、わたしは神様にお祈りしたんだ。このことを実現することが、神様の御心に適うようでしたら、どうか、そのように状況を整えてください、と。そのアンサーが昨日出逢った曲であり、今わたしが感じているエネルギーなのかな？そう、今日、一瞬外に出たときにね、別に今日暖かなよいお日和…ってわけでもなかったのに、一瞬、春の風を感じたの。風って言っても、さっと一瞬吹いた？と言うか、横切った？？？とでも言うべく、ほんと、香りいい風というか、空気、エネルギー。そのときから、この今、わたしのすぐそばに居てくれるエネルギーが来てくれたのかなぁ？今も上の一文を書いているときから右耳が耳鳴りしてるから、きっと、天使とかのエネルギーなんだと思う。違う？（笑）わたしはこのエネルギーの正体が知りたくて、さっきからまたオラクルカードに尋ねまくって（汗）いたのだけれど、でも、きっと、カードに聞くより、昨日も自分で「今日からエネルギーが変わった！」って分かったように、自分で感じていることで多分合ってるんだと思う。違うかなぁ？？？なんか、こう、新しいことが始まる予感があるんだ。もし、それが、本当にわたしがずっとこの命を賭けて願っている究極の願いに通ずる第一歩になるのなら、これほどうれしいことはない。だって、わたしはほんと、そのことだけの為だけに、この道を歩き続けているんだもの。ほんと、それさえ叶ったら、わたしはもう本当に何も要らないんだ。それくらいのわたしの究極の願いであり、無上の喜び。それに通ずる道の新しい扉が開いたのなら、それなら、本当にうれしい。なんとなくそうなんじゃないかな？って自分では思うのだけれど、でも、まだ、わかんないや。これからも、わたしはここでただ今出来ることを当面はやっていくだけ。でも、決めた日に、前述の新しく決めたことに着手していこうと思う。それは、ほんと、お金の為とかじゃなくって、まさしく、わたしの生きた証を残す為の壮大なプロジェクト。それにこれから賭けようと思うんだ。まだまだ、ほんと、予感だけで、ほんと、まだ、わかんないんだけれど…、でも、今、わたしが感じていることがもし、「本当」ならば…☆それなら、この２年間頑張ってきたことが、やっと報われることになる。ううん、それでも、まだこれからのストーリーの始まりに過ぎない、かな。でも、このかすかな「予感」をわたしは大事にしたいな。これからの流れがどうなろうと、わたしの心に決めた願いはもう何があろうと絶対に変わらないもの。これからもその願いを叶える為だけに、わたしは生きてゆくの。そのたったひとつの願いの為だけに、わたしはこれからも生きてゆくの。</description>
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<category>reessay</category>
<pubDate>Thu, 18 Mar 2010 00:09:33 +0900</pubDate>

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<title>あなたならできます。</title>
<description>あなたならできます。またたく間に、あなたはパリのカフェでワイングラスを傾けたり、猛烈な勢いで新規の仕事の依頼を受けたりするようになります。人生を楽しむのにあまりに忙しくて、「そんなの無理だ」などと考えたときがあったことさえ忘れてしまうことでしょう。「夢は、紙に書くと現実になる！」 ヘンリエッタ・アン・クロウザー著 野津智子訳 PHP文庫 １８５ページより</description>
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<category>ことのは・つぶやき</category>
<pubDate>Wed, 17 Mar 2010 20:33:13 +0900</pubDate>

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<title>夢の実現に向けて別の手段を検討する</title>
<description>山頂へ至る道はさまざまありますが、どの道を登ろうと、山頂からの眺めに変わりはありません。結果を見失わずにいるなら、弱気になる必要はありません。何かあったときには、常に問いましょう。「この方法が駄目なら、ほかにどんな手があるだろう。同じ結果を得るのに、ほかにどんなことができるだろう」「夢は、紙に書くと現実になる！」 ヘンリエッタ・アン・クロウザー著 野津智子訳 PHP文庫 ２６１ページより</description>
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<category>ことのは・つぶやき</category>
<pubDate>Wed, 17 Mar 2010 20:32:38 +0900</pubDate>

</item>

<item>
<title>あきらめない</title>
<description>ナポレオン・ヒルは最後に述べています。「失敗するのはたいてい、思うような結果が出ないと、ほんとうは一時的なことにすぎないのに、その時点であきらめてしまうせいだ」金脈から三フィートのところであきらめないでください。もう一度道具を手に取って、あと少し掘ってみましょう。「夢は、紙に書くと現実になる！」 ヘンリエッタ・アン・クロウザー著 野津智子訳 PHP文庫 ２６５〜２６６ページより</description>
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<category>ことのは・つぶやき</category>
<pubDate>Wed, 17 Mar 2010 20:31:54 +0900</pubDate>

</item>

<item>
<title>夢を叶えるために</title>
<description>人生のどの時点においても、ある方向へ進む決断をすることは可能です。たとえあなたをしきりにほかの方向へ向かわせようとする不安があっても、です。夢の実現を信じるなら、思いきってやってみなければなりません。すべての障害が取り除かれたと思えるようになるまで待つなら、永遠に待つことになるかもしれないのです。「夢は、紙に書くと現実になる！」 ヘンリエッタ・アン・クロウザー著 野津智子訳 PHP文庫 ７６ページより</description>
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<category>ことのは・つぶやき</category>
<pubDate>Wed, 17 Mar 2010 20:31:20 +0900</pubDate>

</item>

<item>
<title>くじけない</title>
<description>私は気持ちがくじけ、信念を失いそうになっていました。けれども、ゆきづまるたび、エーリヒから聞いた「プールが欲しいという気持ちを忘れずにいること」という言葉を思い出し、書き続けました。気力をくじくどんな不安にも、前向きな気持ちを持って立ち向かいました。「夢は、紙に書くと現実になる！」 ヘンリエッタ・アン・クロウザー著 野津智子訳 PHP文庫 １２４ページより</description>
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<category>ことのは・つぶやき</category>
<pubDate>Wed, 17 Mar 2010 20:30:46 +0900</pubDate>

</item>

<item>
<title>みんな同じ</title>
<description>私は考え続けました。私は読者のみなさんに知ってもらいたいと思いました。同じ道をみなさんの前に通った人がいることを、みなさんが実現したいと思っていることをすでに実現した人がいることを。そしてその人たちも、不安になったり絶望的になったり、夢なんてかなうはずがないと思ったりするときがあったのだということを。それでもみな、夢の実現を信じ、前進し続けたのです。たとえ、二歩前進するたびに一歩後退したとしても。「夢は、紙に書くと現実になる！」 ヘンリエッタ・アン・クロウザー著 野津智子訳 PHP文庫 ２７１ページより</description>
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<category>ことのは・つぶやき</category>
<pubDate>Wed, 17 Mar 2010 20:30:12 +0900</pubDate>

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<item>
<title>祈り</title>
<description>憎しみのあるところには、愛を絶望のあるところには、希望を暗闇には、光を悲しみには、喜びをもたらすことができますように「きっと天使が助けてくれる」　クリステル・ナニ著　菅靖彦監訳　花丘ちぐさ訳　草思社　２００９年刊　１９０ページより</description>
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<category>ことのは・つぶやき</category>
<pubDate>Wed, 17 Mar 2010 20:28:43 +0900</pubDate>

</item>

<item>
<title>「スピリチュアリティ」とは、「厳」ではなく「愛」。</title>
<description>あなたにとって「スピリチュアリティ」とはなんですか？幼い頃から自然と霊的な道を探して求めてながら育ったわたくしにとって、「スピ」とは、まさに生きる上で欠かせないものでございます。けれど、どこか、これまでのわたくしにとっての「スピ」とは、例えて申しますならば、まるで厳しい修験道のお山に籠もって「荒行」をするようなもの…と言った感が非常に強かったように思います。どうしてわたくしがこう思っていたのかは、きっと、過去世から続くひどい自己否定感や、過去世で味わったであろう、ひどい人生の挫折や苦難をもってして、そうなのだと想像出来るのですが、それでも、あまりにも、わたくしの「スピ」は文字で表しますなら、”「厳」過ぎるもの”だったのではないかしら？と最近になってふと思うようになりました。勿論、これは、わたくしのスタイル（？）でもあり、それがそう簡単に変わることはないかもしれません、けれど、あまりにも「厳」だと、「正しさよりも愛」なのに、「正しさ」だけで止まってしまって、その先にある「愛」にまでなかなか行き着かないのではないかしら、だから、今のわたくしはこんなにくるしんでいるのではないかしら？「愛」の暖かなエネルギーがあってこそ、初めてその「正しさ」も生かされるのに…と、思うようになったのです。例えば、どれほど般若心経を何万枚写そうが、何千回滝行をしようが、自らに対する「愛」、そして「信頼」が無ければ、ますます自分を追い詰めてゆくだけかもしれません、やってもやっても報われない、まさに悪循環！また、神様にどれほど必死に祈ろうが、誓おうが、自らを許す愛の心がなかったなら、神様のお助けや愛を受け取れないでしょう。と言うことは、神様も、助けたくても助けられないのです！！そうなると、魂は永遠に浮かばれないかもしれません。神様（ something great, 大いなる宇宙の意志）はきっとただただ「愛」なのに、その助けを望みながらも、その助けに値しないように自らを扱っていては、まさに、無間地獄ですよね？一生懸命自己の向上の為に「スピ」の勉強を積むことはとても大事だけれど、でもそうする以前に、夜空を見上げて星の美しさに感動したり、そよ風の優しさに触れたり、おいしいものをいただいて、ゆったりと時間を味わう…そういった日々の人生の豊かさや楽しみ、至福に触れることこそが、悟りへのいちばんの近道なのです。本当にご家族に愛され、優しい家庭環境で育った方というのは、健全な自尊心を持っておられるだけでなく、物腰も本当に柔らかで、ただその方がそこにいらっしゃるだけで、なんだかこちらまで癒されてしまうような、その御存在から滲み出る、素晴らしい優しさを持っていらっしゃいます。そういった方は、大抵、謙虚で、穏やかで、お心もとても安定されています。そういった「豊かさ」「人生の宝物」を持っておられる方は、おひとにも環境にも愛され、自然と世の高みへと歩んでゆかれます。また、ご自身の人生もとても高いレベルで生きてゆかれることになります。そういったことを思うとき、愛や優しさ、暖かさ…が、ひとをマイナスにさせるとは到底思えません。本当の優しさを知っている方ほど、本当にお強い方であり、とても忍耐強い方であることも多いです。それほどまでに、愛や優しさ、穏やかさ、謙虚さといった資質はひとを高め、自然とその方を天国の境地により一層近づけてゆくのです。ですから、厳しさや強さといったものを身につけようと思ったなら、”　その前に　”充分な愛のエネルギーを持っている必要があります。そうでないと、「厳」のエネルギーが持つ強さに、逆に負けてしまうことになりかねません。まるで自らに刃を突き立てるように。まず、充分過ぎるほどの愛のエネルギー（＝神様の愛、天国の愛、大いなる宇宙の愛）に繋がってこそ、それらがベースにあってこそ、ひとは本当に無限に自らを高めることが出来るのであり、世の中にも貢献することが出来るのです。要は、何かを達成したり、何かを向上させたり、自らを高めてゆくことはとても大事なことですが、それを為そうと思ったなら、愛のエネルギーが不可欠、なのですね。そしてその愛のエネルギーと言うのは、光あるもの、天の慈愛に満ちたもの、どこまでも限りなく優しく暖かなものなのです。ですから、「スピ」には愛があるのが大前提であり、それがあって初めて、全てがうまく流れてゆくと思うのです。より幸せになってこそ＝愛のエネルギーを多く持てば持つほど、自然と自らのエネルギーは高まり、神様の境地へと一歩近づきます。そうすれば、自然と悟りの境地にも一歩近づくのです。なぜなら、神様は愛そのものだから。ただでさえ人生という道において、様々な「レッスン」を課してくださる神様が、必要以上に、わたくし達が歯を食いしばって頑張って身を粉にするようなことを望んでおられるとは思えません。神様のレッスンさえちゃんとこなしてゆくのなら、それだけで充分だと思うのです。ですから、必要以上に、自分や他者を厳しく観ることはないのですね。勿論、自己を守る為に、必要に応じて、はっきりと　 YES, NO を言うことは大切です。自らを犠牲にすることは本末転倒です。それでも、可能な限り、自分にも他者にも愛をもって優しく在りましょう。そうすることこそが、自らで一生懸命スピの道を歩むよりも、近道だし、早いし、それに、神様もきっと喜ばれるはずです。世の中には仕事にあふれた天使がたくさん居て、あなたを助けたくてうずうずしているのだとか。神様も、きっと、わたくし達を助けたくてうずうずしていらっしゃるのではないかしら？スピの知識や智慧を上手に使って、より幸せに在る為に、より幸せに生きる為に、これからも光に向かってそれぞれに歩んでまいりましょうね。（『「びわ湖スピリチュアリスト会議」　☆　～　”びわスピ”オフィシャルメールマガジン　～　☆　vol. 8』より転載）</description>
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<category>reessay</category>
<pubDate>Wed, 17 Mar 2010 20:27:48 +0900</pubDate>

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<title>李万子（り　まさこ／イ・バンジャ／이 방자）妃殿下の御言葉</title>
<description>李万子（り　まさこ／イ・バンジャ／이 방자）妃殿下の御言葉。ある番組でキャスターの方がおっしゃってらしたものです。「為せば為る　明るく明るく　そうしたら奇跡は起こる」「明るく明るく」というのが本当に大事ですね。</description>
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<category>ことのは・つぶやき</category>
<pubDate>Wed, 17 Mar 2010 20:26:18 +0900</pubDate>

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<title>もし自分が望みさえすれば…</title>
<description>彼女は私たち受講者に、二つの力強い質問を投げかけたのだ。「もし自分が望みさえすれば、何でもでき、何でも所有することができるとしたら、みなさんは何を選びますか？」そして、「もし理想の人生を作り上げられるとしたら、みなさんはどんな夢を描きますか？」という質問である。この瞬間から、私の人生が変わり始めた。私は夢を描き始めたのだ。「こころのチキンスープ〈6〉―大切な人 大切なこと」(単行本) 　ジャック・キャンフィールド（Jack Canfield）著，マーク・ビクター・ハンセン（Mark Victor Hansen）著，ジェニファー・リード・ホーソン（Jennifer Read Hawthorne）編集，マーシー・シモフ（Marci Shimoff ）編集, 福岡 佐智子訳　ダイヤモンド社　１９９８年刊、「翼を広げて」　スー・オーガスティン著より（この原題は「Chicken Soup for the Woman's Soul: 101 Stories to Open the Hearts and Rekindle the Spirits of Women」）* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * "If you could be, do, or have anything in the world, and you knew it would be impossible to fail, what would you choose? And if you could create your ideal life, what would you dare to dream?"--- "Findin My Wings" written by Ms. Sue Augustinehttp://www.sueaugustine.com/</description>
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<category>ことのは・つぶやき</category>
<pubDate>Wed, 17 Mar 2010 20:19:59 +0900</pubDate>

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<title>Turn Around</title>
<description>久々に直観冴え冴え！！自分のことはいつもずっと「わかってきた」はずなのに、この１年以上、正直、ずっと先が見えなくて、本当に本当にくるしかった。朝まで泣いた夜数え切れず、ストレスから膵臓の痛みに耐えた日々数え切れず、神様に必死でお祈りした夜 many many 、どうしたらいいのか本当にわからなくてオラクルカードを狂いそうになるほど”くった”時間、膨大！ほんと、わからなかったんです。いえ、こうすべき、と言うのは分かっていたし、そこに向かいたくて、行きたくて、ただただ必死で。でも、その為に今自分がどうしたらいいのか、皆目検討がつかなかった。我が人生始まって以来最大の試練、まさに先の見えないトンネルの日々でした。一昨日も感情爆発！！になって、案の定その痛みが膵臓にぐぐっと来て、一昨日の夜から昨日にかけて、ほぼ絶食。ほんと、久しぶりにひどく痛かった。だって、いつだったか、３月１５日に「 Big News が入ってくる！」って（あちらの世界から）言われていたから、ずっと１５日を待ち望んでいたのに、それに、たった一人知っていた祖父の命日ということもあり、わたくしにとっては大切な日のひとつだったのに、まぁ、本当に膵臓が痛くて痛くてつらかったですよ。昨夜は一生懸命自己ヒーリングやりました。泣きました。お祈りしました。もう降参です！と泣きました。これまでずっと「わたしのやり方で」頑張ってきたけれど、もう降参！だと。もう、神様にお任せいたします、もう、ほんと、お任せします～、降参です！！と。そしたら、今朝、なんと、丁度朝６時頃に天界にたたき起こされました！わたくし、いつも朝は遅いんですよね。６時に目が覚めるだなんて、何事！？と目をこすりこすり。そしたら、なんとなく、このままやっちゃえ～！と波に乗れたので、珍しくそのまま６時台から仕事ですよ（笑）後でふと気づいたら、今日は新月だった。それに、わたくし、丁度その新月の時刻にまさに天界から目を覚まさせられたんですよね。それに、なんか、気のせいかもしれないけれど、今日は、なんだか、何かが違う。はい、これは、ほんと、また思い過ごしだったら、怖いんだけれど…（冷や汗）実はね、０８年の春から始まったこの「つらーい先の見えない２年間」がやっと終わった！！って、そう、思ったの。感じたの。０７年のあの「我が人生始まって以来最高に幸せだった１年間」のエネルギーが戻ってきた！！そんなふうに思うの。チガウカナァ？オモイスゴシカナァ？でも、なんとなく、そう思うのですヨ♪まさに、「帰ってきた！」「戻ってきた！！」ってな感じ。「帰ってきてくれたーーー！（うれし涙）」って感じかな（笑）とにかく、まだ身体もおっかなびっくりで、まるで石臼で引いたくらいになるまでよくよく噛んで少しずつ少しずつ食べているのだけれど、でも、きっと、違う。これまでとは確実に何かが違う、そう思うんです。「（やっと闇が）晴れた！」って感じ、かなぁ。でも、いちばんぴったり来るのは、やっぱり、「帰ってきたーーーー！！」なんですよ（笑）ああ、ほんと、この直観冴え冴え、晴れ晴れ♪あの流れに戻れた！と言うのが本当であってほしいなぁ。カードを引いたら、やっぱり、「終わりと始まり」と出る。丁度３月２１日の春分の日を前にした新月の日だし、それに、１４日のくるしみが本当にすごかったからね、もう最後のトドメーって感じで、だから、膵臓、まいっちゃったんだけれど、あれほどのくるしみを、最後のくるしみを何とか乗り越えたからなのかな、とにかく、「帰ってきたーーーーー！！」なんですよ。やっと、この「苦の２年」が終わったのかなぁ！？それなら、本当にうれしいなぁ♪どうか、そうでありますように！！（←こわごわ(^-^;)）</description>
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<category>reessay</category>
<pubDate>Tue, 16 Mar 2010 20:15:14 +0900</pubDate>

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<title>教育は一生残る！</title>
<description>わたくし、ずっと、リーダーシップや経営、そしてその分野でのスピを勉強したいと思ってきたけれど、その学んだ成果をもとに、「教育」がやりたい！！ってのがずっとこれまた変わらないんですよね！そう、ずっと。「教育」がやりたい！！ってのが具体的な動的目標なんです。その内容がスピリチュアリティや、ビジネスにおけるスピリチュアリティ（特にサーバント・リーダーシップ！）ってことで。となると、教育学も勉強しなくっちゃ！！教育学！今日の NHK ラジオの、アラビアのオマーン王国に学校をつくった日本女性、スワード・アルムダファーラさんのインタビューを聴いて、また、新しいフィールドが見えてきました！もともと学卒後最初の仕事は塾の先生だったわたくし。教育学も楽しく学べそうです！！スワードさんの言葉、「教育は一生残る！」ほんと、ほんと、本当にそうなのです！！</description>
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<category>ことのは・つぶやき</category>
<pubDate>Mon, 15 Mar 2010 10:45:06 +0900</pubDate>

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