2010年03月21日
「D.J.I LOVE YOU」じゃなく

なんという偶然!!(笑)
わたしが高校時代に出逢った「珠玉の」ANRIさんのアルバム、「BOOGIE WOOGIE MAINLAND」 、当時は LP として発売(!)されていたのね、それが、 CD として発売されたのが、今から14年前の丁度今日!!だっただなんて(笑)
そう、タイトルにある「D.J.I LOVE YOU」は、このアルバムに入っているのです。
んで、今日はこの「D.J.I LOVE YOU」に纏わる(?)お話から。
この「D.J.I LOVE YOU」、初めて聴いてからもう20年以上経つって言うのに、わたしの中ではいつまでも輝く、まるで少女時代に「お母さま」からいただいた先祖代々受け継ぐ大切な指輪みたいに…、そんなふうに、とっても思い入れのある、大切な曲。
と言うよりも、単純にこの歌が本当に好きで、好きで、大好きで。
今でもこの曲が流れ出すと無条件でご機嫌になってしまう。
それほどなまでに好きなのです。
でも、この曲、悲しいかな、失恋の歌で。
わたしはいつもどこかそうなんだけれど、こういう、素敵な曲…なんだけれど、どこかちょっぴり悲しい or ものすごく切ない歌が好きで。
その「切なさ」にどこか無条件で心惹かれてしまうところがあったんです。
「D.J.I LOVE YOU」なんか、ほんと、メロディと歌詞の素晴らしさ、冒頭からいきなり「札幌の夜景」が目に浮かんでしまう(丁度高校時代の修学旅行で見た「札幌の夜景」がすごく今も好きだから)…、
そして、当時まだまだ本当に「まさに少女」だったわたし、は、この曲の持つ大人っぽさにすごく憧れたんだと思う。
その他にも30歳の誕生日を迎える頃、聴きまくっていた、とっても切ない歌…も、その歌詞の内容はとっても切なくてとっても悲しいのに…、冒頭のピアノのメロディの美しさに「やられて」(笑)、まるで当時の自分のテーマソングのように聴きまくっていたのでした。
そしたら、そのとおりの恋愛をその後4年間に渡って引き摺ることになった(苦笑)
まさに、その歌がその後のわたしの恋愛を預言していたかのように。
ほんと、「そのまんま」の展開になってしまった(苦笑)
これは、ほんと、笑えなかった(笑)
いやいや、「ただの偶然」だったのかもしれない。ほんと、そうかもしれない。
けれど、わたしは「あんな恋」がやってきたのは、絶対、あの切ない甘いバラードを聴きまくっていたからだと思うんだ。
だって、そうでなかったら、あのとき、本当に「このひとだっ!!!!!」と信じたひとと、あんなふうにはならなかったはず!
だから、だから!です。
何が言いたいかって言うと、もう、「D.J.I LOVE YOU」みたいな甘く切ないバラードに無条件につつーっと惹かれてしまうのは、止めたい!ってこと☆
いやはや、お笑いになるかもしれませんな(汗)
ハイ、いえ、こういった素敵な曲が好きなのは、きっと、変わりません。
だって、ほんとに素敵な曲だから。歌だから。
それは、変わらないんだな。
でも、わたしの人生、どこか、「演歌体質」というか、こういった悲しい歌、そのまんま、みたいなパターンにはまり込んでしまっているのではないか?と。
もっと、こう、はっちゃけた、「うわー!幸せー!(叫)」みたいな、すごーくすごーく幸せな、そんな歌をもっとちゃんと意識して聴こう、と。
そう、わたしはいつまで経っても「悲しい歌のヒロイン」で、永遠にハッピーソングは聴けない…みたいになってしまっているから。
10代や20代はまだそれでもよかった(?)かもしれない、けれど、齢(よわい)人生折り返し地点近くになっているのに、いつまでも「悲しい歌のヒロイン」はヤダヨって思って。
もっともっとわたしも幸せになってもいいと思うし、それこそ、「わたしにとっての、わたしが思うところの」”世界最高の幸せ”を手に入れてもいいと思うの。
だって、ほんと、これまでいっぱいいっぱい我慢してきたし、やりたいことも、一緒に生きたかったひとも、みんなみんな、見送ってきたもの。
うん、だからこそ、今も自由な身で居られるし、これまで一緒に生きたかったひとも、全部見送ったからこそ、良かった☆んだけれど、
でも、でも、やっぱり、わたしももういい加減幸せになってもいいと思うんだ♪
だから、もう、「D.J.I LOVE YOU」じゃなく…、ってこと、なんです。
そう、この3年間のことを振り返っても、いくつか「成し遂げてきたこと」もあるし、それにもっと目を向けて、自分を褒めてあげて、自信を持ってもいいのに、実は全然そんなことは思っていなかったりして、「出来てないこと」とか「いかに自分がダメか」ということにばかり目を向けてきたから。
でもね、そうじゃなくって、
(これはほんと、ただの自己満足なんだろうけれど…)
でも、ほんと、決してお嬢さま育ちなんかじゃないけれど、
でも、人一倍、ある面では「箱入り娘」みたいに居てたわたしが、
この3年間でやってきたこと、歩んできた道、経験してきたことは、
それまでのわたしにしてみれば、ほんと、「大冒険だらけ」だったはずだもの。
3年前のわたしには、とてもじゃないけど、出来なかったことだらけ、
それをこの3年間でちゃんと曲がりなりにもやってこれたの。
そのことにもっと目を向けて、自信を持ってもいいと思うんだ。
勿論、たくさんたくさん、失敗もしたし、顔から火が出そうなほど恥ずかしい間違いもいっぱいあったし、それに、一生後悔してしまような取り返しのつかない大失敗も幾つかしてしまったよ。
今のわたしをご覧になったら、「あんた、そんなの、ただの我が儘じゃない!」って言われるのはわかってるよ。
それでも、この3年間で、わたしが旅してきた道は、決して、それ以前の人生では思いも寄らなかったことだし、その中でずっと、「運命」と勝手に自分が思い込んで信じてきたことを、この期に及んでも(!)未だあきらめることなく(!)しぶとく信じて、信じ続けて、思い続けて、その為だけに、ほかの全てを犠牲にして。
そこまでしてでも、未だに、この「運命」にかけてるわたしって、どうよ!?とかも思うんだけれど、でも、何度も繰り返しているように、今のわたしにはもうこの夢しかないから。
ほんと、この夢しかないの。おかしなくらいに。
でも、それほどまでに、この夢にほんと、賭けてるんだ。
だから、この3年間が「良かった」とか「悪かった」とか、今ここで評価をつけて、
自分を「裁く」よりも、とにかく、この3年間、何はともあれ、うん、いっぱい失敗もしたけれど、
でも、ほんと、よく頑張ってきたね!って褒めてあげたい、そう思って。
英語のお勉強も直観力とスピリチュアリティに関するお勉強もまだまだ全然足りなくって、特に英語に関しては、ほんと、情けないくらなんだけれど、それでも、この、特に、こっち滋賀にまた帰ってきてからは、ずっと欠かさずヒアリング力向上の為にアメリカのドラマも見てきたし、ほんと、亀の歩みどころか、それ以上にゆっくり、ゆっくりのペースなんだけれど、なんとか勉強をここまでやってきて、少なくとも、ここに帰ってくるまでよりは、ヒアリング力は伸びたと思うし、今もあきらめずに、ほんと、少しずつ…なんだけれど、なんとか、なんとか、あきらめずに続けているもの。
とにかく、とにかく。
これまでの歩みを振り返って、ここまで歩き続けてきたこと、それだけでも「よし」としてあげよう、自分を認めてあげなきゃ!って。
そう思って。
08年の3月、まだ箱根に居た頃、晴れた気持ちのいい朝、いつものようにあの寮のお部屋で出勤準備をしていたときに流れてきた、 Clark Anderson の「So Amazing」。
丁度あの日はどこのFM局を聴いていたのかな、忘れたんだけれど、でも、その時の男性DJさんが、お友達の披露宴でこの曲が使われて、すごく感動した、すごくいい曲なんです!ってこの曲を紹介したの。
あのとき、窓から差し込んでいた春の朝の日の光、そしてこの曲が持つ、なんて言うのかなぁ、すごく素敵な、明るさ、輝き感、荘厳さをもって、あのお部屋に居たわたしを、すごーく幸せに心満たしてくれたのね。
それから後、この2年の間も、幾度と無くこの曲を聴いて、その度に、わたしはあの箱根の小さなお部屋をいっぱいに満たした幸せ感、希望を思い出してきたんだ。
そして、今日も、今、この瞬間も、また、この曲を聴いて、これからの希望に繋げたい、そう思うの。
この冬は、これまでの自分をくるしめてきた過去の亡霊が最大限に勢力を発揮して、何度も何度も本当に狂気に追い込まれそうにさえなった。
怖くて、怖くて、外に出られなくて、あらゆるひとが怖くなってしまったし、2月には、それまでの自分のあらゆる行状、生き様、言動のあまりの幼さ、無責任さに愕然として、本当に本当に落ち込んでしまった。
その他にも、もうどうすることも出来なくなって、あきらめたこと・もの・ひともたくさんあって。
またわたしはここに帰ってきたときとおんなじ、この夢しかない状態になってしまった。
幾つになっても、素直じゃなくって、ほんと、自分でももう、しゃーないなー!(=仕方ないなぁ!)と思うけれど、でも、それでも、それでも、これがわたし、なんだよね。
本当の自分として、思うように生きたい!と思って、名前を「璃い」に変えて、そして、この名前を本当に本格的に使い始めて、この春でこれまた丁度3年。
あらゆることが、全て、全て、一周して、また、ここで、この部屋で、この記事を書いているわたしが居ます。
ここまで来た道、ほんと、たくさん失敗だらけで、取り返しのつかないこともやってしまって、いっぱい、いっぱい、恥ずかしいことも、反省点も、たくさんある。
それでもね、ほんと、自己満足に過ぎないんだろうけど、それでも…!
わたしは、この道をここまで3年間、一生懸命、自分なりに歩んできたわたしを高く評価してあげたいし、
認めて、褒めてあげたいと思う。
だって、誰にも保証されていないこの道を、ただひとり、自分で勝手に、「運命」と信じて、ここまで歩んできて。
そして、今も、その思いだけは変わらないし、これからも、ずっと、変わらないと思う。
だって、もう「思い」から「信念」になりかわっちゃっているもの!
「あの日」出逢った「運命」に、あの日、観た、全てに。
それが、たとえ妄想でも幻影でも、幻だったとしても、構わない。
それでも、わたしは、ここまであの日観た「運命の地図」を信じて、ここまで来たのだから。
そして、それを信じる気持ちは全く今も変わらないのだから。
そして、これからも、この道をあきらめずに、相も変わらず、信じて、歩き続けていくのだから。
今も、あの日夢見た、信じた、この夢しかないけれど。
ほんと、笑っちゃうくらい、この夢しか、ほんと、無いんだけれど。
でも、わたしは、それでいいんだと思う。
これでいいんだと思っています。
だから、これからも、信じて、この夢の道を歩き続けていきます。
この夢さえあれば、わたしは全然平気だし、逆に、この夢があるからこそ、わたしはわたし、「璃い」で居られるんだもの。
だから、これからも、この夢の道を信じて、歩き続けていきます。
いつか、必ず、今胸に抱く夢を、思い描く夢を、必ず、叶えて、満面の笑みで微笑む日が来るまで…☆
2010年03月20日
いつか、羽ばたくために

このブログ「りいのき」は何よりも大切…☆
ということは、以前にも書きましたが、それは、本当です。
今のわたしがあるのも、まさに、このブログがあるから!
それほどまでに、本当にこのブログはとても大事なんですよ☆
さてさて。
漸く重い闇を抜け出せそうです。
少し前の記事にも書いたけれど、ほんと、この冬は、これまで生きてきた中で、最も「八方塞」だったかもしれない。
今だって、決して「状況」は変わっていないのだけれど、でも、Pastor Joel のお説教を毎週聴き、メルマガを毎日読み、お祈り…としていたら、少しずつ、少しずつ、だけれど、また何とか歩き出せそうです。
って言うか!(笑)
「歩く」どころか、「羽ばたきたい!!」わたしなのに。
昨日、ずっと聞きに行けてなかった、健康診断の結果をやっと聞きに行ってこれました。
膵臓の検査はしてないんだけれど、それ以外は何かこう悪いところがあるわけでもなく。
高校生の頃から「高脂質症」なのはもう分かっているからね(笑)
それ以外は特に無かったから、ほんと、ほっとした。
これから、ちゃんと、また、改めて、全部丁寧に身体を診てもらおうと思う。
そうしないとね。
漸く、漸く、なんとか、この3月21日、春分のパワフルな日に、わたし自身の新たなスタートが追いつきそうです。
勿論、まだまだ「変わりどき」で不安定なところは多々あるんだけれど、それでも、やっぱり、考え方を少しずつでもプラスに持っていこう!というその意志が働くようになっただけでも、ほんと、儲けもん(笑)だと思う。
まだまだくるしいこともいっぱいあるし、魂の治療もいっぱいしていかないといけないんだけれどもね、でも、少なくとも、前に向かって歩いてゆこう、その力だけはなんとか持てるようになった。
それだけでも、ほんと、神様に感謝しないと!
わたしはわたしを幸せにする!って決めたの。
だから、その幸せを守るためには、もっと強くならなきゃ。
これからわたしが歩むであろう道を思うとき、その「大変さ」に思わず倒れそうになることだってあるよ、気が遠くなりそうな。
それでも、ニューソートでは、神と共にあれば、どんなことだって出来る!と言うし。
あきらめちゃいけないし、何事もやってみなければ分からないんだし。
それに、今ここにあるくるしみも、何かこう意味があってのことなんだろうしさ。
そのくるしみに翻弄され続けてきたけれど、それに少なくとも負けたくないっていうか、、、なんて言うのだろう、その悲しみにやられっぱなしで本当にいいの?って思って。
そこの責任を放棄して―――勿論、本当にくるしいときは、そんな、自己の幸せを守る為の責任がうんぬん、、だなんて、とてもじゃないけれど、考えが及ばなかったんだけどね―――、このまま居たら、わたし、ほんとにダメになると思って。
起こる事象に湧き立つ感情は仕方ないけれど、その沸き上がった感情を受けて、その後、自分がどうするかは選べる!ってやっと分かって。
このまま不幸なわたしでいいの?いいわけがない!じゃあ、どうする!?ってな感じで、やっと、考えられるようになった。
やっと、やっと、ここまで来たんだ。
わたしは夢を叶えたい。
思う場所で、思うひと達と共に、理想の環境で、わたし自身の天分を最大限に発揮したいの。
そして、そう出来るように、努力できる自分でありたいの。
でも、今はその努力できる以前の問題で、自らの境遇にくるしみ続けて。
手も足も出なかった。
でも、でも、ほんと、このままじゃ居られないから。
今だってくるしみの最中だけれど、でも、絶対、負けない。
負けないよ。
なぜなら、わたしは本当にこの運命を信じているから。
そして、何があっても、この運命だけは、夢だけは、人生だけは、あきらめちゃいけないって思うから。
弱いわたしがこんなにも「これだけは!!」って強く強く思うのは、きっと、よっぽどのことなんだよ。
こんなふうに書いていても、次の瞬間、地面にたたきつけられたみたいになってしまうわたしだけれど、でも、それでも、こんな今ここのわたしからでも、夢に向かって羽ばたけるよう、もう一度風を待とう。風を呼ぼう。風を起こそう。そして、歩き出して、そのうち駆け出して、助走から、やがては、本当に羽ばたけるように、もう一度、頑張ってみよう。
こんな状態になってまでも、わたしの夢はこんなにも輝いているから。
そして、そのさらなるきらめきを、輝きを、わたしはこの手でつかんで、この目で見て、この身体と心で体験したいから。
目指す玉座はただひとつ。
それを信じて、これから、もう一度、もう一度、歩き始めたいと思います。
2010年03月20日
Reach high, ...

Reach high, for stars lie hidden in your soul.
Dream deep, for every dream precedes the goal.
--- Pamela Vaull Starr




